まんぢゅう皿  その1

Posted on 09/29/2020まんぢゅう皿  その1 コメントを受け付けていません

北関東に位置する栃木県芳賀郡益子町 (mashiko-machi)
地形は緩やかな山に囲まれ、陶器の歴史が色濃く続く町。

益子町 (mashiko-machi)  道祖土 (sayado) 地区
濱田庄司は英国から帰国後、1924年に益子町で窯をつくった。息子の濱田晋作さんに続いて、今では孫にあたる濱田友緒さんがその濱田窯を受け継いでいる。濱田庄司さんは人間国宝。日本陶芸界の大家なのだから、怖い先生だったのだろうと私は勝手に想像していた。

 

まんぢゅう皿

 通称“みっちゃん”と呼ばれる陶工・高根澤ミツ子(takanezawa mitsuko)さん。濱田友緒さんは「みっちゃんは窯にとって欠かせない存在」と話してくれた。彼女は庄司の時代から、友緒さんが生まれる前から濱田窯で仕事をしている職人の一人。長い間“まんぢゅう皿”の当番を続けていらっしゃる。初めて会うみっちゃんはエプロン姿の小柄な女性だった。「みっちゃん、撮るの良いですよ!」と職人たちが笑顔で私たちに声をかけてくれた。

 みっちゃんは濱田家に住み込み、奥様のお台所仕事を手伝う女中さんとして、結婚後は濱田窯の職人として仕事を担ってきた。濱田家での職歴60年超。今は自宅からバイクを飛ばして窯に通っている。

「やあやあやあ、みんな大したもんだ」と太陽のように人々の前に現れる庄司さん、庄司さんも彼女の事を“みっちゃん”と呼んでいたという。

—どんな風に一緒に仕事されていたのですか?
(みっちゃん)—ただ言われた通りにやってきただけです。
—怒られたりしなかったのですか?
(みっちゃん」—怒られた事ありません。

「土を準備しておきますよ」と見事に菊を描き手際よく土を揉んでゆく。みっちゃんは他の職人と違って轆轤をやらず型を使う作陶のみ。「型は力を必要するしバランスも必要で難しい作業ですよ」と友緒さんが教えてくれた。

 

“まんぢゅう皿”は丸い

作業台にひょいと乗り、ちょこんと座ったみっちゃん。手作り道具を手にして土を板状に切り分け、片栗粉をまぶしたキノコ型に一枚づつのせる。それから布目をつける為に布を被して、力を込めて撫でる。撫でる。ひとつひとつ撫でる。陶工の鮮やかな手さばきを眺めているとやっぱり何故か嬉しくなる。増々幸せな形に見えてきた。みっちゃんの指輪をした手はとても大きいなあ。そういえば腰を痛めたのでエプロンの下にはコルセットと言っていた。まったくそう見えないなあ。あっという間に板上に皿の素地が並んでいく。みっちゃんの頭上にぶら下がったひとつの電灯が、我らの陶工にずっと柔らかな光を落としていた。

怒った事のない人間国宝・庄司さんと、当時よりその皿を作り続ける陶工がこしらえる皿のこの丸みがずっと重なって見えてきた。まんぢゅう皿は丸い。

その1(全編約10分)は無料で公開しています。(その2は有料です)

その2 へ続く(撮影、編集完了 2020年近日公開)

 

取材萌芽記

雨の季節。7月。自然に囲まれ、虫や鳥のさえずりもが参加して乗りのいい撮影だった。短い滞在時間の中で町の人々は「物づくりをする人」の気持ちを理解してくれるといった出来事に何度となく出遭った。私の無理なお願いに地元の人は助けて下さった。益子町の永く続く「物づくり文化」の歴史が、そういった空気の漂いになっているのだろう。「町にたったひとつのコンビニエンスストアが町のオアシス」と洒落た冗談を聞くと、「そうかオアシスなのか」と、町で唯一混み合うコンビニ駐車場すら私の心の満ち足りに変わった。

川瀬美香

音楽 明星/Akeboshi
編集 大重裕二

LINEで送る
LinkedIn にシェア
Pocket

まんぢゅう皿  その1 コメントを受け付けていません