11月になった。年末近くなってくると暦の存在を意識し始める。今年のうちに出来ることはないだろうかと若干焦る。私たちは今秋、web「手鑑 tekagami」をスタートさせた。大きな告知もなく開始したけれど、訪れてきてくれる人たちがいるようで心強い。考えてみると私たちは2016年の「あめつちの日々」以来、長編映画を発表していない。世間的にいうと私たちはニート決定だ。大丈夫なんだろうか。いや、大丈夫な気がしない。
先週はある人たちと話をした。ない頭で私は色んなことを考えた。どうも私が生きているこの時代っていうものは、良いと思われるものはひっそりと息をしているようだ。巨大ショッピングモールから離れた世界にて、綺麗な水と米、美しい野菜を手にいれて、強い視線をある方向にしっかりと向け、ひっそりとひっそりと。ひっそりとしているけど、その姿は弱くはない。社会の陽のあたる場所にはいないのかもしれないけれど、それでも太陽からは応援されている。この詳細は近くweb手鑑に記す。
映画という存在も、どうなんだろう。
未来の人たちから今の私たちが生きてる現時代を評して「あの時代ってろくな映画がないね」と言われる事のないようにと願う。私たちは日本映画という商業界のカテゴリーに着地している訳ではなく、ただの自主制作という浅めの泉にいるだけなんだけど、時代や社会をどれだけ深く見て残しておく事ができるのかという意識だけは、たしかに高まっているように思う。実際にはなんとかしてくれ、って叫ぶ場所すらないのだが。しかし、もう分かってきた。こういう存在は決して私たちだけではなく、色んな分野で同じような事が起こっている。
2020年の社会や映画界を襲った感染症の惨事を経て、「長崎の郵便配達」は2021年夏公開を目指し始めた。再びの挑戦である。しかし来年になったなら本作の出演者のIsabelleは来日できるのだろうか。先のことはどうなるかわからないとため息をつきつつ、それでも係である内容だけはしっかりと向き合い、心残りなく発表したいと願っている。寄付金を私たちに委ねてくれた皆さん、もう少し時間をください。この映画は良き方向に動いている。